Brian Wilson Reimagines Gershwin / Brian Wilsonブライアン・ウィルソンがジョージ・ガーシュインのカヴァー・アルバムを出すらしいというニュースを初めて耳にしたのはいつだったっけ。詳しく覚えていないのだけれど。ただ、そのニュースを知ったとき、実はそんなに驚かなかったことだけは覚えている。大いに興奮はしたけれど、驚きはしなかった。たぶん大方のビーチ・ボーイズ/ブライアン・ウィルソン・ファンが同じ感触を抱かれたことと思う。ぼくもそうだった。おー、ついに来たか、と。そんな感じ。なにせ伏線がたくさんあったから。

ご存じの通り、ブライアンが2004年に幻の『SMiLE』を完成させたとき、併せてリリースされた映像作品にはガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」をピアノ演奏するブライアンの姿が記録されていたし、「ラプソディ…」の有名な一節をピアノで弾いたあと、“ほら”とでも言いたげな、いたずらっぽい笑みを浮かべながら『SMiLE』の収録曲のひとつ「英雄と悪漢」のリフレインを続けて弾き、世紀を超えたネタばらしを自らしてみせたりもしていたし。ブライアンにインタビューさせてもらった際も、彼は好きな作曲家としてジョージ・ガーシュインの名前を真っ先に挙げていたし。

というわけで、ブライアンがガーシュインの作品集を出すというニュースをぼくはわりと自然に、すんなりと受け入れ、胸をときめかせた、と。ただ、ジョージ・ガーシュインに関するあらゆる権利をきわめて厳しく管理していることで知られるガーシュイン財団がブライアンに、ジョージ・ガーシュインが生前残した未完の楽曲を完成させる権限を与えたという事実だけは、正直意外だった。そして、それがぼくの興奮をさらに煽ってくれた。

で、本日ついにそのアルバムの発売日。想像以上に素晴らしい1枚に仕上がっていて。もうぼくは盛り上がりのピークにいます。数日前、本プログで書いたことをそのまま繰り返すけど。このアルバム、単なる企画ものとして片付けられない、アメリカン・ポップ・ミュージックの縦軸みたいなものがきっちり音像に刻み込まれていて。ロックンロールが生まれるはるか前、20~30年代にこれほどポップで、ブルージーで、革新的で、何よりも美しい音楽を生み出した偉人がいて。その本質を今なお、けっして懐メロとしてでなく、世紀を超えて受け継ぐもうひとりの偉人がいて。37年没のジョージ・ガーシュインと、42年生まれのブライアン・ウィルソン。同時にこの世に存在しなかった二つのグレイトな才能による夢のコラボレーションなのだから。これはたまりません。

ガーシュイン作品の名演というのは、ジャズ畑にもクラシック畑にも山ほど残されていて。たとえば本盤の収録曲で言えば、フランク・シナトラの「あなたに首ったけ」とか、ビリー・ホリデイの「サマータイム」とか、フレッド・アステアの「誰にも奪えぬこの想い」とか、ヘレン・メリルの「ス・ワンダフル」とか、エラ・フィッツジェラルドの「誰かが私を見つめてる」とか、フォー・フレッシュメンの「ラヴ・イズ・ヒア・トゥ・ステイ」とか、バーンスタイン/コロムビア響の「ラプソディ・イン・ブルー」とか、素晴らしいヴァージョンが過去たくさん生まれているのだけれど。ブライアンはそうした先達とはまるで違う世界観でガーシュインの楽曲にアプローチしている。そこがいい。

ロッド・ステュワートとか、カーリー・サイモンとか、バリー・マニロウとか、近ごろはポピュラー・スタンダードに挑むロック/ポップ系シンガーが目白押し。でも、彼らはみんな、突然蝶ネクタイしめちゃったり、タキシードやドレスを着込んだりして、“あっち”の世界の慣わしに合わせ、多少窮屈な感じでビッグ・バンドやストリングス・オーケストラをバックに品行方正な歌声を聞かせるばかりなのだけれど。ブライアンは違う。普段着のまま、子供のころから慣れ親しんだガーシュインの楽曲を自分の土俵へと引っ張り込んで、あくまで“オレ流”のやり方で楽曲を躍動させてみせた。

得意の多重ハーモニーで綴る「ラプソディ・イン・ブルー」、『ペット・サウンズ』~『SMiLE』の世界観を持ち込んだインスト曲に仕上がった「俺らはないものだらけ」、6/4拍子というべきか、4/4+2/4というべきか、とにかく軽い違和感をあえて取り込みながら心地よいボサ・ノヴァに仕上げるという、往年の「ビジー・ドゥーイン・ナッシン」にも通じる仕上がりの「ス・ワンダフル」とか、「リトル・セイント・ニック」と同じドラム・フィルでスタートする「誰にも奪えぬこの想い」とか、3連のロカバラードに変身した「あなたに首ったけ」とか、「ファーマーズ・ドーター」のファルセット・コーラス・フレーズまで顔を出すブライアン流サーフィン・ロックンロール調の「アイ・ガット・リズム」とか、ブライアンならではのピック・ベースのフレーズが印象的な「誰かが私を見つめてる」とか。ガーシュインとウィルソン、二人の天才の持ち味をどちらも壊さない配慮が随所に聞きとれて。楽しくて楽しくて。何度聞いても、今んとこ飽きない充実の1枚だ。

けっこう意外だったのが、アルバム前半に『ポーギーとベス』からの曲が4曲も固めて収められていることかな。ベスが歌う女性用の歌詞をブライアンが普通にそのまま歌っちゃってるのも、なんだか新鮮だった。ブライアンのブルージーなヴォーカルも見事。

注目のガーシュイン&ウィルソン共作曲は2曲。「ウィル・ユー・リメンバー・ミー」という未完成曲を下敷きにした「ザ・ライク・イン・アイ・ラヴ・ユー」と、「セイ・マイ・セイ」という未完成曲を下敷きにした「ナッシング・バット・ラヴ」。「セイ・マイ・セイ」って曲は聞いたことがないのだけれど、「ウィル・ユー・リメンバー・ミー」のほうはいくつかのヴァージョンが世に出ていて。というのも、これ、作詞をしたアイラ・ガーシュインにとっても未完の楽曲だったためか、それをアイラ側で完成させてマイケル・ファインスタインとか、その辺のシンガーに歌わせたヴァージョンがあって。それと「ザ・ライク・イン・アイ・ラヴ・ユー」を聞き比べると、ブライアンが今回新たに作ったのはどうやらAメロだけかな。あとはそのままっぽい。歌詞を全編スコッティ・ベネットが書き直しているものの、メロディに関してはかなりガーシュイン寄りって感じ。にもかかわらず、仕上がったものを聞いていると、なんだかブライアンの曲みたいなんだよなぁ。ブライアン・ウィルソンとジョージ・ガーシュインの持ち味が、想像以上に近いものである証拠のような気もするのだけれど。

そのあたりも含めて、ぼくの中でもまだすべてを整理し切れていません。なので、詳しいことは、明日、ネイキッド・ロフトでのCRTイベントで、みんなでよってたかった検証しまくりましょう。ガーシュイン&ウィルソンで盛り上がるぞ!(笑) ちなみに、iTunes USでのダウンロード・ヴァージョンには、テイラー・ミルズとのデュエットによるアウトテイク「喧嘩はやめよう」がボーナス追加されてます。