Tempest / Bob Dylan
しかし、やばいっすね。ディランは。71歳の新作。で、その内容がすごい。メンバー全員だいたい70歳のビーチ・ボーイズの新作もすごかったし。デビュー50周年組の底力。新曲2曲入りのベストで50周年をやり過ごそうとしているストーンズが甘ちゃんに思えてなりません(笑)。

ディランの新作『テンペスト』については、今度出る『ミュージック・マガジン』に4ページほど書かせてもらいました。まだ整理しきれていない段階で書いた原稿なので、勘違いしている個所も多いかとは思うけれど。それはディランのアルバムを語るときには絶対に避けられないもの。とりあえずの第一印象を記しました。よかったら目を通してやってください。あと、9月18日のCRTでもたっぷり『テンペスト』まつりをさせていただく予定。飲んで食べて爆音で聞いてディランを語り合いましょう。そこでもきっといろいろ発見ができるだろうなぁ…。楽しみです。

21世紀になってからのディランの揺るがなさ加減は半端ない。ディランというと、特にゴスペル3部作以降くらいの時期、マーク・ノップラー、スライ&ロビー、アーサー・ベイカー、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ、グレイトフル・デッド、ダニエル・ラノワ、ドン・ウォズなどアルバムごとに制作パートナーをくるくる変えながら、多彩なサウンドの渦の中でもがき、迷走を続けていた印象がある。ラノワとの作品はけっこう評価も高いようだけど、21世紀に入ってジャック・フロストなる名義のもと、ディラン自らがアルバムのプロデュースを手がけるようになってからの確信に満ちた音作りの前には、それすらすっかりかすんで見える。

ただ、『テンペスト』の場合、なんかこれまで以上にあっちこっちに罠が仕掛けてあるみたいで。聞くたび、そうか、あぶないあぶない引っかかるところだったぜ的な発見が多い。ノッケの「デューケイン・ホイッスル」からして、冒頭40秒くらいがウェスタン・スウィングふうのスティール・ギター・インストになっているもんだから、曲全体がそういうものであるかのような印象をつい抱いてしまうのだけれど。ドラムがどかーんと入ってきてからバックが奏でるリフはsus4っぽいというか、IV-I進行になっていて。けっこうモダンな感じになっていたり。ルーツ音楽的な要素を採り入れる際、時代の縦軸を柔軟に行き来するワザに関して、ディラン・バンドはずいぶんと周到になってきたようだ。

サント&ジョニーの「スリープ・ウォーク」とエルヴィス・プレスリーの「ブルー・ムーン」が合体したような三連バラード「スーン・アフター・ミッドナイト」にもびっくり。月明かりの中で展開するロマンチックな曲だと思って聞いていたら、いきなり二人の娼婦と一人のポン引きと思われる男の無惨な亡骸がショッキングに浮かび上がってきたりするし。チャック・ベリーお得意の2ビート・ロックンロールのパターンと、バタフィールド・ブルース・バンドあたりがかつて自分のものにしようと一所懸命がんばっていたシカゴ・ブルースっぽいリフとを合体させたような「ナロウ・ウェイ」では、胸を貫く矢の痛みに苦しみながら死ぬことすらできず凄惨な日々を送る者の姿を描いていたりするし。

旧約聖書のソドムとゴモラを巡る滅びのイメージをたたえた表現が見え隠れする曲もある。イエス・キリストの視点と同時に悪魔の視点が二重写しになっているような曲もある。油断ならない。特にラスト3曲。漂う終末感みたいなものがとてつもない。「ティン・エンジェル」とか、“元祖『テンペスト』”のシェイクスピアが書き下ろしたマーダー・バラッドのようだもの。若いころのディランもこういう曲を歌ったりしていた。でも、71歳のパフォーマーの手にかかると、もう凄みが違うというか。でもって、それを妙に淡々と歌い綴っているだけに、聞いてるこちらはすっかり罠にハマってしまう。

むりやり若ぶって今ふうのビートを採り入れたりするベテラン・アーティストとか。そういうのを短絡的に“現役感あふれる音”とか評価するムキもいまだ根強いようだけれど。そんな必死さには何の意味もない、トシとったらトシとったぶん、若いころには絶対に成し得なかったであろうリアルな凄みを伴った表現を聞かせてくれるアーティストこそが、本来の意味で現役感あふれるベテランなのだ、と。そんなことをまたもや思い知らせてくれたディラン先生でありました。

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